生きててよかったと噛み締めるように思う日々<地獄とケーキとヘルニアと>
油田掘削中
下記ブログの続編である。そもそも油田を掘るのは夢がある。底辺と思っていたところがまた掘れてしまって下があったのとはわけが違う。あれは人生でいまのところ数度経験したけれど、笑うしかなくなってくる。空笑いだってなんでもいいから、危険だから口角をあげておきたくなるというか、そういうしんどさがあるのだけど、油田掘削していたら予期せぬことが起きた。
どうして2(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)
友人は生き生きと自信をもって、自分の大きな決断をした。わたしにはそう見えていたし、そう確かに感じたし感じていた。それはとてもいい決断のように思えた。それを選ぶ際「いい?大変だよ?」と何度か確認して本人が熟考できるよう促したつもりだった。なぜなら既出だが、その友人は辛すぎて依存したくなる傾向が少なからずあるだろうという点を危惧してのことだった。
以前の自分も経験があるのだが、依存心があると、想定と異なる出来事があったり、想定と異なる反応があると、物事や出来事、それに関連した人にネガティブな感情を持つことになる。それは自分も相手も、何より自分が非常にしんどいことだ。自分を行き詰らせる原因が自分にあると早めに気づけたらいいけれど、沼にはまるとかなり長く苦しむことになる。
全ての物事は自分で変えていけるし、自分が変われば一切の環境も変えていける。でもその沼にはまると、延々と周囲のせいにしてしまう。環境が悪いから、誰それが悪いから。もちろん、事実としてそうであることもあるだろう。でも、だんだんと、自分に明らかに落ち度や非があることも、ひとのせいにしたくなり、そして最後は自分からも逃げられなくなる。そして、そうしてしまう暗い自分に向き合うことがどんどんできなくなる。その辛さたるや形容できない。自分と似ているとわかっていたからこそ、そこを通ってほしくないからこそ、慎重なアドバイスをおこがましくもさせてもらったつもりだった。
・・・が、結果としては、その手紙には「決断したことを後悔している」というような内容が書かれていて「あぁ、わたしは適切なアドバイスができなかったのだ」と当時、ものすごく自分を責めた。前ブログに記載のとおり、私自身バッドコンディションが約半年続き、半年目くらいにコレである。心身ともに回復していないところに思いっきりブローのようにくらってしまったし、当時というか当時にいたるまでずっと、自責傾向が強かったので、もこみちの「追いオリーブオイル」みたいな具合に「追い責め」で、自分で自分を責めに責めてしまった。
毎日毎日涙が止まらなくて、こんだけ水分出てるのにどうして痩せないのだろうとぼんやり思ったりしたけれど、到底まともに思考できないほどひとりで毎日泣いた。どういう機序か本当にまったくわからないのだけれど、そこから2週間くらいしてからだろうか。あるとき何かがパチンとはじけた?満ちた?とにかくよくわからないのだけど
「もういい!わたしはベストを尽くした!あれ以上はできなかった!たしかにわたしだって不完全な人間だし至らぬ言動もあったであろう!でもあれがわたしのベストだった!っていうかこの三十数年間、こんなんばっかだなHAHA!そうか、わたしはいつも、環境起因で落ちていたように思っていたけど違うんだ!結局は自分がいちばん自分を責めてたんだ・・・!ほんまか!なるほどそういうことか!もうわたしは二度と自分を責めなくていいんだ!こんな重要なことに気付かせてくれてありがとう・・・!」
みたいな気持ちにあるとき急になって、今まで流してた涙が悲しさやくやしさみたいな感情からだったけど、形容できないけれど、うれしさや感謝みたいなものがこみ上げてきて、文字通りググググっと感動といったらいいか、そういうもので満たされて、これに気付くために今までずっと苦しんできたんだなということもわかったというか、この感動を味わうために苦しんできたのかもと思うほどというか。最後の最後、もうあと一手打たれたら自分は生きていけないんじゃなかろうかみたいなギリギリで、いとも簡単にポンとわたしを押して、さらに追い込んでくれたのは、まぎれもなくその友人で、なんと縁が深いというか、その友人には感謝してもしきれないというか、あの一押しがなければ、わたしはずーっとウジウジした人生で、ずっと何かに言い訳しながら生きていたのだろうなと思った。
なんども言うが、どういう機序かいまだ全く不明だが、一時的なハイなどではなく、友人の一手で追い詰まってから逆にいろいろ気づいて感謝がこみあげて以降、一切、本当に一切、気持ちが落ちないのだ・・・。なんかやばい食べ物?実?とか食べたんかな?え、ほんまになにこれ・・・・?と自分を心配に思うくらいのレベルで、まったく全てが変わってしまった。以前は逐一落ち込んだり不安になる傾向が、年々緩和していっているとはいえいまだ少なからずあったのだが、朝目覚めると幸せでいっぱいになり、ベランダに出て東京のクセェ空気を胸いっぱいに吸い込む。それだけで「生きてる、幸せ」と思う。
しんどいことは生きてるのであるし、それは全く変わらない。でもなぜか気持ちが落ちない。「あのときの半年の絶望と辛さ、そして友人に背中をポンしてもらって落ち切ったときの辛さにくらべたら、まったく何物でもない。生きてる。こんなふうにポジティブに思えるようにしてくれて試練よありがとう」とこみ上げてくるというか。でもカッコつけすぎかな。東京ドームで言うようなセリフよな。と書いてて若干恥ずかしさはあるが、でも事実そうなのだから仕方がない。

仕事は激務だ。その点は変わらないどころかこの4月に転職をして激化したといってもいい。なんなら最近、腰のヘルニアになって、神経が骨に触れちゃって激痛で数日動けなかったりそんな出来事もあったりした。数々の難病含む病を経験してきた自分にとって、衝撃的な痛みだったので相当なものがあったし、いまもあるけれど、本当に心が落ちないというか、幸せなのだ。なんなら昨日も今日も昼休みに31アイスを食べたりして、きついときに楽しみをちゃんと作りながら、自分で自分を鼓舞できるようになった。これも大きな変化だ。

なぜこうなったんだろうという機序はなんどもいうが不明だし、わからないなりに書いてるのだが、ありきたりだけど「負けないを続ける」ということが大事なのかなとは思う。勝ち負けみたいな2区分で考えるとしたら、勝つことよりもよっぽど、負けないことのほうが難しいと思う。しかも負けないを続けるのはめちゃくちゃ難しい。これからもバージョンアップのたびに試練と向き合うと思うと、負けないを続けられるかどうかは正直わからない。けど、生きるって、負けないことだと思うから、きっとこれからもわたしは負けないんだと思う。
いままでも数えきれないほどの「負け」や「負け」のように見えることを経験してきたけれど、あのとき、心まで負けてしまわないで本当によかったといまならそう心底思える。こんなことに意味あるんか、こんな人生に価値あるんかって何度も思ってきた。死ぬボタンみたいなのがあったら平気で何度も押してた側の人間だと思う。でも「負けちゃいけない」ということを尊敬する人生の先輩は何度も何度も言い聞かせてくれた。それだけが羅針盤だった。それだけが説得力だった。あともう少し、もう少し耐えよう、もう少し頑張ろう、そう言い聞かせて生きてこられたし、自分なりに努力をして無理やりでも前進してきたと思う。
そして大切な友人と出会い、その友人のことを家族のように大事に思っていて、結果的に、その家族級の友人しかわたしを追い込むことができない貴重なひとだったから、その友人がわたしの幸せのために背中を押して崖に立たせてくれた。それはその友人じゃないとできないことだった。そして崖に立てたから、辛すぎて自分の弱い部分を根こそぎ排除することができた。他のひとでは、わたしを崖に立たせられなかったと思う。
だからその友人には本当に感謝してもしきれないというか、もしそのことでどうこう思っているのなら、わたしはむしろ心から感謝申し上げたいので何も思わないでほしいし、もし手紙で書いていたような、もしくはこれまでの言動に見えていたような暗い部分で自分を追いやってしまっているのなら、どうか明るいほうへ、陽があたるほうへ出てほしいし、苦しんでいるのは自分のどうしようもなく暗い部分の影響であって、それがあなたの本質ではないし「自分はこういう人間だ」「あなたにはどうせわからない」などと深く心を閉ざさないでほしいと切に思う。自分が自分を照らして、人のことも照らしていけば、よのなかって悪くないもんだよ。
去年相談を受けてから今日にいたるまで、少なく見積もっても毎日20回はその友人のことを考えている。今日を生きられているだろうか、ご飯を食べているだろうか、また自分を責めているのだろうか、よのなかを恨んではいないか、幸せに生きていられるだろうか、友人にとっての幸せの基準値はどこなのだろうか、などきりがないほどに。わたしは抱えきれないほどの幸福をいただいたように思って、毎日夢なんじゃないかと思うほどなのだけど、その友人にはわたし以上の、抱えきれない幸福を味わってほしいと願っている。願っているよ。
