恨みあった家族との行く末~起きたことは全て正しいということ~

家族

機能不全家庭でそだった。父はギャンブル依存症でASD、母は旦那(父)と共依存症でADHD。なお虐待家庭。ーースーパー省略するとそういう家庭で育った。

五人家族だ。兄弟は上に二人いる。家には憎悪が渦巻いていた。取り仕切る親がそういう状況なので、いま冷静に考えてもごく当然のことが起きていたと思う。

より虐待を受けた上二人は、私に憎悪を抱いていた。兄から殴られてこのままだと殺されると予期した日があった。靴を履く余裕もなく、はだしでコンクリの道をどこまでもどこまで走って逃げたのを鮮明に覚えている。(なお小学生のころだった。その際に殴られた頭の鈍痛は、20代後半までずっと続いており、物理の痛み以上に私を苦しめた)

私たちには共通項がない。しいて言えば当時は恨みあっているという点くらいだろうか。親もそうだが兄弟とも一刻も早く縁を切りたいと思っていた。誰にも評価されない、誰にも阻害されない、そういう人生を歩みたいと心底願っていた。

しかし今はめちゃくちゃ仲がいい。紆余曲折経て、10代で躁鬱に罹患したことで(なお2年ほどで寛解)、順調に大学にはいけなかった。もしあのときに大学にいけていたら、迷わず家族と縁を切っていたので、それは結果として幸いだったといわざるをえない。

大人になってからも私たちはぼちぼち恨みあっていた。けれど互いに社会で辛酸をなめたからか「血縁は偉大である」と思うようになった(少なくとも私は)

傷つきあった人間

恨みあい、社会でそれぞれに傷つきあった人間だからこそ、わかりあえるものがある。そう最近思う。そしてそれは「笑いのツボ」というものに凝縮される。非常に似た笑いのツボを持っている。これは大変稀有であり、ありがたいことだ。信頼度や辛酸舐め度が異なると、本来めちゃくちゃおもろい要素であることも、相手がキレてしまったり、到底伝わらないとわかっているから「一般的な言葉」でとどめたりする。

互いにかなり人間のダークな側面を見てきたり、稀有な出来事に遭遇してきてるので、いろんな前提をはしょったうえで「あ」といえば「うん」という感じで、理解しあえるし、なにより笑いのツボが共通していることは絶大な信頼がおける。笑いのツボが一致しないとめちゃくちゃ疲れる。えてして人間関係なんぞそんなものだが。

さて、そんなわけで焼肉を食べた。サムギョプサル。私は韓国のクオーターだ。それを知ったのはぼちぼち数年前くらいで、驚いたのだが。やはり血に韓国が流れているからか、韓国の食文化が好きだ。夏などは韓国冷麺を無意識で食べまくっている。クオーターなのだと知ったとき、なんとなくなるほどと思った節がある。

そういえば昔、仕事の人らと飲んでいてマッコリをひとかめ開けたこともあった。そういうことなのだろう。なお、韓国人だったらしい祖父の素性は明らかではなく、北の人なのか南の人なのかもわからない。私たち兄弟はその話になるとなぜか口黙ってしまう・・・・怖いのだw 素性のわからない祖父、ある種ホラーすぎる。来世で幸あれ。

イレギュラーの先

その先には、共感しうる似たものがある。それはもう「笑うしかないな」という謎の感覚。兄弟らも世間でそれなりにまだ悩んだり戦ったりしている。戦闘民族だからか、どうしようもないくらい長期間落ち込んでも、結局はブチ切れながら上がってくるのがたまらなく好きだ。そしてだんだんと、誰が一番最近、あり得ない出来事に遭遇したか?という自慢大会になる。こうなってくると解散して個々の生活に戻っても、あり得ない出来事を探してしまうようになる。危険な人間にならないように気を付けていきたい。

サムギョプサルをつつきながら、みんなうますぎて黙り込んだ。ここは私がいざというときに行くお店なのだ。黙ってご飯を一緒に食べる。それこそが家族になるということだと思っている。だからおいしいものを食べたい。言葉を忘れるほど。

私自身も黙りながらサムギョプサルを必死に食べつくした。そのときに、不思議だなと思った。あれほど恨みあって、もう二度と会いたくないとまで思っていた兄弟と、そして甥&姪までも一緒になって、無言でサムギョプサルを食い尽くしている。人間の運命とは本当に数奇で、たった一押しが大きく変える。その一押しがなんだっていいのだ。側面で見たら大きな不幸も、中長期で考えると、結果として幸運になることが大半である。

家族が好きだ。

空を見上げるのが好きだ。

地獄への一押しはなんでもいい

うっせ、ゔぉけ

比較的そう思うことや、それがハイスピードで重なる時期がある。「凝縮」と呼んでいる。あぁ、凝縮してきてると。

うるさい情報がある。まず前提として人は好きなことを言う。人生を奪われてはならない。

某リクルートが圧倒的主体者意識と言ったが、よく言ったものだと1000周くらいして嫌いを通り越して好きになっている。人生何があるか分からない。

うっせーヴォケ事案があまりに重なり、あかん疲れてると思って今日は心身を休めた。でも正解は休むじゃなくて進むだった。だから明日からは進む。

地獄

グラデーションはあったとして、どの界隈にも地獄“的なもの”はある。そこにひと推し、ポンと奈落へ落とす出来事ってある。いろいろ重なって重なって、最後に誰かが、もしくは何かが、ポンと押す。

そしてそれは、誰だってなんだってよかったりする。地獄に落ちる幸福ってのが、ある。過去の経験上、間違いなく、ある。

つまりどん底で、追い詰まって、もう無理!ってなること。その機会こそが幸福と私は定義してる。何もないことが幸福ではない。

追い詰まると人間、変わろうとする。抜けようとする。溺れまいとあがく。その浮力で実は意外な場所に行けたりする。過去経験上はそうだ。だから地獄的なのは落ちてみるもんだ。

以前はそこに落とした人間や事象を、心底恨んだりしていた。でも最後のポン、の役目になった人や出来事は、誰でもなり得たわけで、そんなことは大して重要じゃないのだと30代になってから気づいた。

もちろん、ぜってぇお前だけは許さん。とひとしきり思った後に、ソッコー記憶から削除する程度のしこりや自意識はある。

けれど、至るまでの蓄積があった事実と、何よりも浮力を得るきっかけを得たという意味では、やはりどん底に落ちるほどいい。それは早ければ早いほど、いい。

60になって追いつめられたってどうしょうもない。早いほど気力体力はあるもので、諦めずに済むことが多い。だから、奈落に落ちるのは、早いほうがいい。

ワーとかアーとかガーとか

とにかくいいながら、進んでいる。たまに自意識や、悪意のない悪意(つまり一番悪意)や、一般的な妬みなどを向けられて、潰れそうになる。きっと周囲は気づいていない。私が潰れそうだと。だって大丈夫そうにしてるから。

腹が立つ。だからせめて誇らしくしていたいと思う。だからと言って大丈夫じゃない。そんな人間この世に五万といる。

以前よりもいいのは、もう謎に「留まるべき場所じゃない場所には自然と留まれない事象が立て続く」ということ。ここにずっといたい。そう思うこともままある。けれどいられない。わかったわかった進みゃいいんだろうよ!!!とキレつつ進んでいる。私らしくて好きだ。

 

とても急いでいる

有限

時間は有限だから多くのことをしたい。そう思う。昔に病ばっかやって寝たきりだった時期もあるからなおさら。せめてこっからの人生楽しむからよろしく。そんな気持ちが日々強くなる。

人生は厳しい。変化の連続である。でも良くなるか悪くなるかしかない。2択しかない。そう年々感じる。

昔の自分にも言えることだけれど貝のように自分の世界に閉じこもってるもしくは、気付かぬうちに(これが1番こわい)忌避の基準を低く持っていて、自分を心地よくしてくれる人や出来事としか囲まれて生きていけない状況に陥ると、年齢は問わずひどく劣化する。

自分が老いてる。そのことに気づけない。結果が出た時には手遅れ。そんなことがある。

だからなるべくきつい環境も避けずに対峙していきたいと思っている(都度見えるか見えないかはさておき、暴れたりはするけど)時間は有限だからその中でなるべく成長したい。

神保町

最近よく歩く。とにかく古本とコーヒーに溢れた街だ。なにやら古本屋が軒並み外に本を出してやってる。風情だなと思っていた(桜なんとか祭りの一環らしい)

けれど30秒歩いたらもうブチギレ。混雑して歩きにくい。遅刻しそうになる。道が狭い。道が狭いのが嫌いだ。頼むから通してくれ、そんな気持ちでいつも歩いてる。

何かを待つことができない。時間は有限だから。

過去住んでた街の美味しいものはだいたい知ってる。観光客や学生などが群がって美味しいと信じて列をなしてたりすると本当に滑稽に思う。そんなとこにうまいもんなんてないぞと。

都内にいったい何があると言うんだ。なんもないぞ。いつもそう思う。列に並ぶくらいならセブンイレブンの味付きゆで卵半熟二個入り買ってすぐ食べた方がよっぽど価値的。

価値を見出せないことが嫌いだ。

緑が好き。つまり今の季節が1番好き。あとはもう年末まで耐久戦。これが年間のルーティンだ。夏に入れば紅白を夢見ながらじっと耐える。暑さや諸般のストレスに。

でもなんだか以前ブログに書いた去年の例の珍事件を経てメンタルがだいぶバージョンアップされたので、今年は寸暇を惜しんで色々な人に会い、楽しみつつ、そして今勉強してる国家資格も時間を確保したい。

今年こそ夏以降に耐えるだけ/溶けてしまえと願うような出来事に気持ちを引っ張られないぞと固く決めてる。(しんどいことは生きてる以上ある)

起きたことはことごとく正しい

最近そう思う。正確には「起きたことはことごとく正しい。ただし虐待以外」と添えておく。虐待は悪だ。全く選択肢がないし力量の差がありすぎる。パワーゲームにしては不利すぎる。と虐待家庭で育った当事者としては思う。

けれどそれ以外はことごとく正しい。どうしてと思うことが多かったが、ぼちぼち波瀾万丈な人生だと実体験から色々なことがわかってくる。

昔はわかりすぎることがしんどいと思ってたが中年越えると意外と便利。決めつけるわけでは全くないのだけど初対面でもどうしても大体分かるし、その人のコンディションなどもだいたいわかる。全然親しくないですという人でも、声を聴くとだいたいわかる。寝れてます?とかご飯食べれてます?とか言うとだいたい当たって驚かれる。病を山ほどやってきたのでなんとなくわかるんだろうとは思う。

ことごとく正しい上で、正しくするという覚悟は必要。あっとうまに人生は終わる。若い若いと言われてたのは一瞬であっという間に時間はすぎ、そして、大差がつく。人生は幸せになるか不幸になるか二択しかない。だから正解にし続けるそういう実行力と心が不可欠だ。

世の中は雑音が多すぎる。覆す意志と行動力が必要。

最近しみじみと生きててよかったなと思う。そして自分の人生や選択/決断のことごとく全てが正しかったと感じる。

昔はどうしてというほど自分に自信がなく人を恨んだり世を恨んだりしてた。過酷なことが重なったのかもしれないけれど、自分の人生を開くのは自分だけだとどれだけ早く気づき行動変容できるかが大事だなと痛切に感じる。

現実を過不足なく見つめる&向き合うには生きる力が必要。生きる力がないと何やっても無に帰すし同じところをぐるぐるする。それで抜けれたらいいけれど。歳を経るごとに人の声には耳を傾けようと心がけている。厳しい指摘なら尚更。そういうこと言ってくれる人は宝。年々いなくなっていく。

自分のことはわからない。だから人から指摘してもらう必要がある。だからどうかなるべく本音で人付き合いしてほしいと近しい人にはお願いをしてる。慮る、何それおいしいの?と思う。そんなん仕事だけで十分だ。

せめてプライベートは本音の人付き合いがしたい。マブダチがほしい。

愛した不幸を手放して~病40種の寛解以降に思うこと~

40種以上の病を経験して

日曜の昼下がりにこれを書いている。誰が見るでも見ないでもないなんの期待も目的もない本ブログが好きだ。特定人物がちらつく目的や選択はうっとうしいのでやらない。30代に入ってからそう決めた。何度も言うが虐待家庭で育った人間で、PTSDやあらゆる精神疾患を寛解させて今がある。これからの人生くらい自由にいきたい。取り返すのだ。

以前は自己免疫疾患的な病ばかりに罹患していた。どうして自分がと思うたびに病が溢れた。いまはすべて寛解している。そしてなぜか病の相談ばかりうけるようになった。この世はそういうゲームルールになっているのだろうと思い、可能な限り励ましている。

「どうして自分だけ」「どうして自分ばっかり」これはきっと自分を不幸にする言葉&思考なのだろうなと、自分が寛解して今度は相談される側になってみえてきたものがある。(なお以前はそういう思考から抜け出せずに苦しんだ時期もある)

この思考はよくないですよ、実体験はこうですよ、理由はこうですよ。こんなご説明をしても、どれだけ説明を尽くしても、この思考から抜けだ”さない”人がいる。そして「かなりの人数」が抜け出さないのだと気づいた。たくさんの相談を受けていると一定のルールが見えてくる。

不幸を愛している

以前、尊敬している人にこういわれたことがあった

みんな不幸を愛している。幸せになりたいと口では言いながら、不幸を手放したがらない。なぜだかわかる?変化はストレスだから。それは悪く変わることじゃない。よく変わることも”変化”はストレスなのだ。現状維持が一番安心。だからみんな不幸に安住する。幸せになる原因は全部持っているのに。

地獄のような人生を送り、私と同じ若かりし頃に自殺未遂をし、会社経営をして多くの人生や世の中を見てきた人の、金言だった。

当初はその言っている意味がわからなかった。でも今ならわかる。みんな不幸を愛している。手放したくないのだ。そして変わりたいと「心から」思っていない。漫然とした不幸を愛している。いざ、すべてが解決して自分の人生が好転してくると見えてくるものがある。このゲームルールはとても面白く深いものがあると感じる日々だ

そして「自分ばっかり」という言葉は「愚痴」とイコールなので、人生が開けていくことはない。

人生を開くキーは「自分の可能性を信じる」ことだ。人間だれしも死ぬまで可能性に満ちている。そのことを信じて行動に移せるかどうか、行動し続けられるかどうか、己に負けないかどうか。これが全てを決してしまう。もちろん、人間に内在する本来的な生命力みたいなものも、おなじ原理だと思う。

人生取り返しターン

間違いなく取り返しターンに入っている。この春から学校に通っている。国家資格を取るためだ。しかし、いままで実務としてやってきたことが学問化されただけなのだなと、以前独学でやってたときとはくらべものにならないくらい学習が理解できる。この時期でよかった。そう心から思う。

けれどもしかすると働くかもしれない。何かおもしろそうな仕事のオファーがあれば受けようかなと思っている。いずれにしてもこの国家資格だけは遅くとも40歳までには取ろうと思っている。学校に通うと、同じ目的感の人間が集まって必死になっているので非常に感化される。そして、漫然と過ごしていたらあっという間に死ぬのだということもよくわかる。つまり燃える。

外人大好き

そう遠くない場所にめちゃくちゃうまいラーメン屋をみつけた。この街にうまいもんはないのかと落胆してた矢先、めちゃくちゃテンション上がった。そこは中国なのかわからないけれどアジア圏の若い店主が経営している。

ワンオペで、待たせる代わりに心を尽くしている。そういうのもロスがなくて、価値的でとても好きな風景だった。心を尽くしてうまいもん食わせりゃ多少待たせてもいいだろというそのロジックが好きだし、そこに重きを置いてるのがめちゃくちゃいい。

いつも繁盛してるなと遠目に見ていたが、その斬新な味と安定のうまさにおどろいた。いわゆるラーメン!つけ麺!という感じではない。日本にはない外国の味。しかも日本の店みたいに店は汚くないし、冷房もキンキンにきいてる(冷房ケチる飲食店多すぎてうんざりしてる)

取るもんとって、おいしいもんだして、冷房もキンキン。これぞ正義だろと思う。いうことなし。人生を取り戻してると確信させてくれるような味だ。外国人大好き。

気狂い人間への対処法

とにかく書いてみよう

継続などをしてみるかと思いスマホから書いている。所用を終えて帰宅してコーヒーを淹れた。飲んだ。静けさ。

引越しは12月にしたはずがまだ段ボールに囲まれて生きている。コーヒー淹れたというのもキッチンにいまだ辿り着けぬままなので洗面所の水道水をカップに入れて、レンチンで温めてそれをカップに注ぐという荒技だ。怖いだろ。

しかしまだ先月まで続いてた「急に汚い言葉が出てくる」「急に部屋で叫ぶ」などはほぼなくなったように思う(どんだけ辛かってん)あれはもう心身のSOSだった。間違いなく危険信号。よくやったまじで。素人は絶対病院行ってほしい

雑音ばかり

世の中ノイズでできている。エラーとノイズ。それを振り切るように生きている。いわゆる普通じゃない人生でよかったと最近伏線回収がさらに進んでおり、オリジナルな人生になってきたのでは?と思えることが嬉しい。

毒々しい謎の花が好きだ。

なんでこんな色なんだろうな不遇だなと思いつつ、意外と危険色を身につけていたら生きやすいのかもしれないと思ったりもする。

常々啓蒙活動をしててこれからも死ぬまでにあと100億回は言おうと思ってるが「笑顔の人が辛くないわけじゃない」ということ。

泣きゃいいのかよ?そう思うことがある。もはやそれ(あえて泣く人。弱者に回ることで利益を得る人)を見て驚かないからそういう意味じゃない。あえて泣いてみせる狡猾な人で世の中溢れてるしなんならデフォだ。もうそれはいい。

そうじゃなくて、泣きゃこいつは黙るのかな?と思うレベルで異常な人が世の中存在する。先日、あまりの酷さに腹が立って泣いて見せた。泣かなくてもいけた。でも号泣して見せた。案の定そいつは泣いた瞬間黙り込んでいた。私のもはや涙をコントロールできる技術に惚れ惚れした。

泣きゃいいんかよ?そう思ったから泣きました。そしたら相手が急に黙って自制モードに入りました。

クソ喰らえだなと思う。失礼。オクソ食って遊ばせだなと思う。

いいのだ。相手がハンマーならブルドーザーで。相手がノコギリなら戦車で。そういう戦術を用いねば、永久にわからず、こっちが気丈なのをいいことに、無制限で失礼をしてくる輩がいる。

お願い進んで私

別件で激しく悲しいことがあった。端的に言えば私の大事な人が輩に傷つけられたという事象だった。長らく私はその人の力になれなかった。信用されてなかったのか遠慮させてしまったのかその両方か。いずれにしても自分のせいだと数日泣き腫らした。

自責も他責も無意味。ただそこに事実があるそれだけ。現実はその連続だ。事実しかない。推測も無意味だ。30に入っていい加減それがわかった。その事実を飲み込むしかない。

まじかよみたいなことばかり起こるな。今がせめて春でよかったと季節に安堵を見つける。今が冬じゃなくてよかったと思うとき、それは自分的には相当きてるときだ。労わろうと思う。

誰が敵に回ってもあなたの味方でいたいと願っていた。誰を敵に回してもあなたの味方だからと思わない日はなかった。もっとズカズカした人間になりおせっかいを焼けばよかったのかもしれない。どこかで私も遠慮してしまったのだろうということは反省点の一つだ。

表現して伝わるかわからない。ならば表現しよう。そう思った事案だった。それは気狂いしてる奴らにもそう。何言ってもわからない。だからこそ言い続けるしかない。声高に。

とにかく食べねばと思う日が続いている。生存本能だろう。気を確かに持とう、生きようと気付け剤のように食べている。

この悔しさを一生忘れないよ。一生。

 

ちょっとしたできごと~人間はなぜ暴力をふるうのか/春~

今年度が終わる安堵

今年度や今年が終わるとホッとする。いまは全力ニートだけれどホッとする。今年が終わるあの瞬間もたまらなくいい。とにかくすべてが終わった。リセットボタンを押される感じがたまらなく好き。今年度はあと数日。頑張れた人も頑張れなかった人も、巻き込んだ人も巻き込まれた人も、ひとしく終わる。そう、終わるのだ。

暴力について

急だが、暴力や人間の暴力性について考えてみたい。私自身は虐待家庭で育った。何も言えず逆らえず、言われるがまま、なされるがままだった。

暴力や暴言やネグレクト、もしくは親が依存症の機能不全家庭で育つと生きづらさを感じる大人になるのだが(なおそれが正常)ずいぶんと自分もACOAで悩んだ。否もしかすると今も暗に悩んでいる側面はあるのかもしれないが、いまはずいぶんと楽に生きている。

(ACoA(Adult Children of Alcoholics)とは、アルコール依存症の親の元で育ち、大人になっても生きづらさを抱える人々のこと)

慈しまれるべき、庇護されるべき子供が、生まれ元の大人から加虐される。それはとても「人間としての残酷さを詰め込んだ」現象のように思う。

同じ経験の友人を

おなじどころか、私の100倍きつい虐待を受けていた友人と知り合ったのは昨年。家の階段から親に突き落とされて背骨を打撲したり、ご飯を与えられなかったり、髪の毛をひっぱられて引きずり回されたり、お前はいらない子供なのだという呪いの言葉を何度も何度も何度もかけられて育っていた。

彼女は寝たきりになってしまう病をもっていて、自由がきかない。だから18歳にして実家住まいを強いられている。友人とはSNSで出会った。知り合ったころ、希望を失っていた。それを認識する力もなく、何重にも仮面をかぶって、乾いたように笑う人だった。まるで昔の私だった。

あるとき、風呂で過呼吸で意識を失ったことをきっかけに、精神科にいくようになりうつ病の診断がおりた。服薬を開始した。昔の私のようにOD含む自傷行為もやっているようだった。気持ちが痛いほどわかった。

何度も何度も交流を重ね、ついに先日、実家を出ることに成功した。きっかけは、目の前で母親から精神薬をゴミ箱に捨てられたことだった。このままここにいてはいけない。振り絞るようにして出した強い気持ちをもとに、彼女は家を出たのだった。

誕生日

そんな彼女が先日、誕生日を迎えた。当日に急に教えてくれたので、何も用意がなく、急いで作ったバースデーカードを取り急ぎ送った。そしたら彼女はこういうのだった。「生きててよかった」と。

私が自殺未遂したのが18歳。そして彼女は先日19歳になった。非常に似た境遇にとてつもない深い縁を感じつつ、いままで「生きていていいことがなかった」というその現実と、そして「生きててよかった」とはじめて思ってくれたことにうれしくてうれしくて人知れず部屋で泣いた。

どうして人間は残酷なのだろう。たまに本当に嫌になる。けれど、残酷さを持ち合わせながらも、こうして立ち上がらせていけるのも同じ人間だ。善悪で語れぬものばかりだけれど、可能な限り自分は自分の善性を最大限に引き出して、相手の振り絞れる強さを信じて、誰とも真剣にかかわっていきたい

 

( こじき真っ只中の人間を応援したいあなた様のお気持ちが痛いほどわかりますありがとうございますなんとう僥倖:どうぞ

外人には勝てない、心は外人でいこう

外人へのあこがれ

外資系企業で勤めていたころ。様々な人種の方がいたが、平均的に思ったのは「外人には勝てねぇな・・・・」ということだった。

まずどう考えても「根アカ」が多い。多いというかそういう人しか職場では観測したことがなかった。「そう見せている」とかではないのだ。あれほどの激務、そして地位やら名誉やら実力やらズルやらなんでもござれの「闇鍋」のような会社で、精神が病む前兆すらなく、とにかく「ぼく今日も生きてるよ!うれしいでしょ!ありがとう!」的な雰囲気を毎日感じるのは、もう圧倒的に「幼少期の教育」に我々日本人が敗北していることの証としか言いようがないと感じた。

海外、少なくとも先進国では親による虐待への配慮や、教育環境の提供機会に日本以上に恵まれている。それは「海外ガー」とか声高にいう勢ではなく、事実としてそうだ。だから外国人は自己肯定感が高めなのだろうと推測をしている。(もちろんほかにも腸内環境やら細胞やらいろいろ取り立てて言えることはたくさんあるだろうと思う)

けれど「何がなくても自分は愛されるべき存在である」といういわゆる「自己肯定感」は幼少期で決してしまうので、後天的に同じものを入手するのはなかなか難しい。だから外人は明るい。明るいというかなんというかもう次元の異なる明るさだと思うし、闘志がやばい。

そんなことを考えながら歩いていたら、こりゃ勝てないわ・・・と感じる書初めを見つけた。

・・・・餃子ってどういうことなんだろう。交通量の多い歩道をしばらく立ち止まってじっくり考えこんでしまった。餃子。書初め:餃子。

こりゃ勝てないわ・・・・と根アカを感じざるを得ない、生物としての圧倒的弱者を認めざるを得ない瞬間だった。どう頑張っても私は「初日の出」もしくは字数を考慮して「新春」と書いてしまう人間だ。立ち止まりながらその授業風景を想像し、没入してみた。

何パターンか授業風景を想像したのだが、いずれの書初めでも私は「餃子」と書けなかった。こういうことだ。

からの王将

私の実家:餃子の王将。これは「ダメならーめん」の画像。名前は忘れたが、やたらと王将が去年くらいから押しているらーめん。これはだめ。(なお麺大盛り)

昔ながらのらーめんというのがあって、それがいっとき姿を消した。どういうことやねんというお声が多かったのだろう。復活したのだが、卵は消えてしまった。それでもいいのである。餃子の王将は、どうかしてるほど中毒性のある「昔ながらのラーメン」一択だ。下記はいいラーメン

上記に味玉が入ってこそなのだけれど、まぁもう改悪をなげいても仕方がない。大抵これで手を打っている。あっちのらーめんはやっぱりだめ。そして王将は店舗でクオリティが異なる。高円寺店はうますぎてうなる。空いてるときのほうがキッチンに余裕あるのかうまい。混んでるときはダメ。空いてるときは驚くほどうまい。

春遠からじ

孤独を感じることが少なくなったなと感じる。以前は歩く孤独かよ!!!くらいよりどころがなく、そもそもよりどころを探していた。救えるのは自分しかいないのに、その定義が間違えていることに長年気づけなかった。

最近、人の依存性をキャッチしては嫌悪をしっかり示すようにしている。

「あなたは私ではない、同じように私はあなたではない。誰かにわかってもらおうとするだなんて眠すぎる。社会は厳しい。口ではきれいなこと言っても、だれも心からあなたの気持ちをわかってくれることなんてない。それはあなたが相手を完璧にわかることができないのと同じ。依存性を捨てると決めなさい。そうじゃないと永久にいつまでたっても人生開けないですよ」

そこまで言い切るようにしてる(相談を受けた場において)。春もびびりちらかして花もはじけ散るほどのきつさだ(笑)。でも、年々厳しいことをダイレクトに指摘してくれる人はいなくなる。というかそもそも社会は労力を使うことを嫌う。だから私はめちゃくちゃいいことをしていると思っている。外人か。

 

最近作業はこれを聴きながらやっている。春遠からじ。

www.youtube.com

寝起きに思うこと~共依存のその果て、変わるとわかるの違いについて~

一日中眠る、つまりげんき

今日は一日中寝た。どこかが悪いとかではない(たぶん)

眠れるというのは体力がある証明なのでこれで正解だと思う。たまに泥のように眠りたいと思うことがある。今日はそれ。してやった感すらある。

寝起き、パンとコーヒーを飲む。コーヒーはちみつ多めで。

寝起きに思うのは友人のこと。げんきかなとか、どうしてるかなとか。

どうやら私は「しっかりしてるひと」という間違ったレッテルを貼られがちで、そういうのももう慣れたから日常風景すぎてもういいのだけれど、ぜんぜん恐ろしくしっかりしていないからなというのは全友人知人にいっておきたい。

けれどこれは、リアル友人界隈には秘されたブログなので永久に届くこともない。それでいい。

引っ越したのは12月。(欠陥住宅をひいてしまい、そういえば昨年末に死にそうになりながら引っ越しした)

いまだ未開封のダンボールが家を占めている。しんどい。

いろいろ出てこないからほぼ2着を洗濯したおしてなんとか生活している。シャンプーリンスーなどは入れ物がでてこないので詰め替え用を買っては絞り出す日々。ダンボールだらけでキッチンにたどりつけないので、洗面所で食器を洗っている。そして今日は一日泥のように眠って、さすがに何かがやばいと思って起きたけれど、モラルを捨てていいならまだ眠れる。ずっと寝ていたい。

こういうゼロの状態を、友人にも見せられたらいいのかなと思う。口では言って啓蒙してるつもりが、全然信じてもらえないどうして。

もういいのだけれど。

うざい春

こないだ長い友人とちょっとしたもめごとがあった。めんどくせー・・・・・・と思ってしまって、いまだ思っていて、それ、LINEでピコピコやることかよと思って、指摘事項がありすぎて、長らくレスせずにいる。できずに?まぁどっちでもいいのだけれど、事実としてレスしていない。

友人知人から人生相談を受けることが多い。頼む。ワイも上記のような人間なのです、わかってくれ頼むと思いつつ、相談されたからには互いに貴重な時間をイーブンに使っているのだから、なにか価値的な足しになるようなものを残したいと励ますことというか、何か足しになる言葉、(それは怒りでもいい)などの「ひっかかり」がありますようにと、全力で相談をうけるのだけれども。

依存したいやつが多すぎ問題にぶちあたっている。

なに?みんな何かに依存しないとそんなに生きていけないっすか?とちょっとだいぶ面食らってる。かくいう私も過去はとんでもなく依存体質だったことはしっかり明記しておく。

酒、男、親、家族、金、買い物、・・・そういうあまたのものに依存してきた分際である。幸いにもいまは何にも依存していない、、、、と思っているが、自分に対しての一定の怪訝な目は忘れないでおこうというスタンスだ。依存体質である、それはたいてい幼少期で決まる。だからそういう体質をもっているという自覚を大事に。

しかし、事実として現状は依存していない状況で、特に「人」への共依存はめっぽう気を付けている。母がとんでもなく共依存体質で、両親は共依存しあっていまも傷をなめあうように生きている。うんざりする。

そういう両親のおかげか、自分が共依存してると気づいたとき、吐き気ととんでもない頭痛と絶望を感じた。人間、絶望に立った時にどっちを選ぶかで人生が決まる。

私は幸いにも両親の嫌悪があり、絶対あぁなってはいけないと思い、自分の足でたつと決めた。意地でも自分で生きていくと決めたのが十代のころ。

その後も何度も引き戻しはあった。けれどそのたびに一人で生きていくと決めた。だから私は中年独身女だけれど誇りを持っている。これまで、誰にも実質的に頼って生きてこなかった証拠であり、その決断の連続がいまだからだ。

簡単ではなかった。でもたどり着けるものだ。

相談をお受けするたびに思う。まだまだ絶望が足らないのではないかと。ショック療法みたいなことがある。人間、崖の淵の淵に立たされたら、死ぬか/生きるか、そういう強い意志を求められる。・・・と自殺未遂者としては痛切にそう思う。

みんなあいまいに絶望している。そのあいまいさが不幸の根源なのかもしれない。

誰も助けてなんてくれないし、誰かに頼ろうとか共依存前提の行動とか、そういうのが圧倒的に間違えている。そんなふうに思う。

頼れる人はいいよな、かじれる脛がある人はいいよな、いまだにそう思う。私が元躁鬱、パニック、適応障害、ヒステリー球、精神疾患なんでもござれで、現在はなぞにすべて寛解してるからか、精神疾患関連で悩む人から相談を受けることが多い。

何を目的で相談してきてるのか、最初に聞くようにしている。頼りたいのか、わかってほしいのか、知見がほしいのか、治したいのか。たいていみんな答えられない。治したいと思っていないからだ。「わかる」と「かわる」には大きな隔たりがある。長江くらいの大きな隔たり。文字で一字違いだが、あまりに大きな隔たりがある。

かわる?わかる?

「あなたは、わかってほしいんですか?それとも変わりたいんですか?」そんな非情な言葉を投げかける日々にうんざりもする。

うんざりする日々の中で、それでも友人知人の相談希望は断らないという私もだいぶどうかしている。わかっている。

そういえばだけれど、以前に某コミュニティで知り合った、精神科医の方がいた。ぼんやりとした記憶だが、その人に「自分は精神病棟勤務医だが、あなたのような生い立ちで入院している人がごまんと世の中にはおられる」という雰囲気のことを言われたとき、なんだか心底うれしかった。

自分は紙一重でこっちにきただけなのだと、意志の力を感じたのかもしれないし、なんというか、たいてい自分の生い立ちを話すとかわいそう的な目をされることが大半で、ずいぶんと世の中恵まれてるんですねと、生暖かい目で返すようにしているのだが、簡単な形容詞でくくらずに、専門家として事実にただ触れてきた方に、事実だけを述べられたということが、なんだかご褒美のような気持ちがして、こういううんざりするときなどにはその言葉を思い出して、気分がよくなったりする。こういう言葉や景色を集めてゆきたい。

変わりたい人にはアドバイスはする。でもわかってほしい人には絶対に協力しない。

わかってもらったところで人生が前進するわけではないことを嫌というほど自分の人生で知っているからだ。人に依存をさせる手法でアドバイスをする人をごまんと見てきた。実際、それで他者にまんまと依存して大事な時間をドブに捨てたこともあった。

その人の人生を思うなら、依存させてはいけない。

立ち上がるだけ、進むだけ。他は雑音。

ただ、わかっててほしい。私はシャンプーとリンスを詰め替えパックから絞り出して使ってるような、19時前まで延々と寝るような女だ。

( ライトなこじきを応援したいあなた様のお気持ちが痛いほどわかりますありがとうございますなんとう僥倖どうぞ

久々の雪、環境を支配するか否か

東京、雪

最近久々に東京に雪が降った。一大事。かなり大粒。

空に近いところで降りたての雪を見るのが好きだ。おすすめは札幌のJRタワー展望台。(まだあるのかな・・・?)

時効だからいいと思うのだが、昔、PCも何も触ったことがないくせに、人にOfficeのソフト一式やら、Photo Shopやらを教える講師の仕事にエントリーして、面接して「できるっす・・・!自分やれるっす・・・・!」と震える足を隠しながら嘘をついたことがあった。見栄、と言い直しておく。

結果採用されてしまい、できないのにどうしようと震えながら、なぜかとにかく豪雪の札幌にいこうとう朦朧と思い立ち、札幌の駅前の本屋でしこたま操作の本を買い漁り、JRタワーに書籍を持ち込み籠城し、数日でインプットしたのちに、何食わぬ顔で毎回の授業で40名ほどにソフトウェアを教えたことがあった。

刺激的だった。

あのときいろいろどうしようもなくて、ただただJRタワーで降りたての雪を眺めながら、吐きそうになりながらソフトウェアの操作性をインプットした。

ずいぶんと遠くまできたのか、いったいなんなのかたまにわからなくなるけれど、いまよりかははるかに純真もしくはもろかったことは確かだ。そんなことを久々の雪を眺めながら思いだした。

環境を支配するか、支配されるか

人生にはつねに二択しかない。そう肝に銘じている。メソメソしていては環境に支配されてばかりだ。常に強くいたい。そういう気持ちで腹に力を込める日々だ。負けないことが幸福。そう尊敬する人から教わった。

いまの環境をハックしたい。どうせ生きることに変わりはないのだから、どうせなら思いっきり環境を支配したい。そして、自分がきついときこそ、人を励ませる人でありたい。

口では何とでもいえるから、人間は行動がともなっていないといけない。

年々見えてくる。この人は口先だけだな、とか、この人は虚勢を張らないと生きていけないんだな、とか。

そりゃ昔私が非合法に(ギリギリ合法と認定しているけれど)PCソフトウェア使いこなせるっす!と言ったときのように、自分をあえて崖に追い込むような、早急に嘘を本当にせねばならぬシーンもなくはないと思う。しかし。

世の中、いかに見栄と虚勢でできているかを思い知るこの頃。

男女ともに、とても臭くて触れるのすらうんざりする。

いつも生粋に人を励まして、照らすという行動を続けたい。大きくなくていい。地道に。しかし恐ろしく執念をもって。

 

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いつも社会と遠い~アイデンテティを探して~

ふと感じる空洞

以前👇に書いたが、なかなかの機能不全家庭で育った。そこで経験した困難さ、ないし、あるべきはずのものがなかった経験は、30歳すぎても自分をさまざま悩ませるなどした。

elisabane-g.hatenablog.com

よくわからない強靭な生命力?野良の馬鹿力?で、三十数歳のあるとき、すべてが満たされてしまった。これまでかかえていた虚無や、喪失したと思っていた自己肯定感や、自己愛みたいなものが。

 

あれ以来、生まれ変わったといって過言ではない、生きやすい人生を生きている。すべてがカラフルになった。逆にいえばみんな、こんなイージーモードで生きてるのかと思うくらい「心身の状態が正常」というのはこれほどに日常を明るくするのかと、驚愕したみたいな経験があった。

 

以来、誰にも言えなかったパニック的な症状なども一切なくなり、息もしやすくなった。そのぐらい機能不全家庭というのは、ひとの正常さを失わせるのだと思う。社会の負について考えてしまう。

前回の記事で、発狂しかけたとか発狂してたとかさんざんいろいろ書きつつも、やはり正常さを取り戻した三十数歳以前にくらべたら、それでも生きやすい日々は送っているわけで(今回の出来事はあまりに外れ値ではあったけども…)

 

elisabane-g.hatenablog.com

以前よりはずっといい、そんなことを噛みしめることが多々あるし、虐待を受けて育ってきたことや、その渦中に比較したらずっとましであること、日々の幸せを嚙みしめて生きていきたいというのは思っているものの、ふとどうしても、社会との隔たりというか、空洞を感じることがある。

 

「あぁ空洞なんだ」そういうことを思う今宵。なんというか、圧倒的に配慮不足な人間の配慮不足な言動によって感じたものではあるのだけれど、「圧倒的多数」に囲まれるといったい何が正常なのか、閾値がわからなくなる。

 

とある打ち合わせがあった。とある人が「とりまとめ的な」役割を担っている。第三者から「とりまとめ的な」人をサポートしてほしいと懇願されて、まぁいいですよと受諾した。とりまとめ:Aさん、懇願者:Bさん、Cさん、ワイ氏という4名のミーティングだった。

 

あまりに期日が差し迫っているので、実質的には「とりまとめAさん」が中心者なのだけれど、自己主張が弱いタイプなのでおのずとワイがなぜかなぞにミーティングを取り仕切ることとなった。

 

この時点で大きな違和感。

 

ミーティング終盤、懇願者:Bさんが中心者:Aさんに「いろいろと急ピッチで進めてくれてありがとねぇ・・・ご家庭大丈夫?」と言って慮り、中心者:Aさんも何食わぬ顔で「いえいえいえ」といって終わった。

 

私は家庭を持っていない。スーパー独身だ。

そして委細の資料作成やイベントの企画等、手足となり動いていたのはほとんどワイだ。

 

こういうのいやだなぁと思う。久々に嫌な感覚。常駐する差別。一定の界隈のなかではその差別というものすら輪郭を持たない。そういう恐怖すらある。

 

こういう人らと付き合うのってしんどいなぁ‥‥そう思わざるをえない瞬間だ。もう少し距離を広げて取っておこうかななどと、比較的「生身」「むき身」で生きがちなワイ氏だが、そんな戦略的なことが浮かんだりなどした。

 

この生きづらさは私発信のものではない。相手発信のものだ。

まみれる必要もない。義理もない。すべてから逃げてしまえばいい。

 

 

達成感もない、後味がとにかく悪いミーティングを終え、ネトフリでビースターズを見ながら心を癒している。

 

こういうときは空が遠い。自分が空洞化しているような気分すらある。圧倒的大多数という「家庭」的なものを振りかざされると、独身は無力だ。

 

こういう構図に常に泣いているのが一般企業内でも独身勢だろうなと思うが、女で独身は圧倒的少数なので、居場所がない。だれかと共感しうる言葉もなければ、つながりうる感情もない。

 

空洞だなと感じる。

空が遠い。寒い。

 

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一億年ぶりにブログ書く

一億年ぶりのハテブ

Amazonで評判よさげな謎の塩と謎のツムラの入浴剤を非合法ギリギリに合法的にミックスさせてあり得ないほど汗をかくというのが個人的にはやっている。いまさきほどそれをやって、もうこりゃ非合法みすらあるなとグッタリ肉体をつかれさせて、なんやかんやで眠らずずっと風呂に入り、いま。

 

非合法風呂をあがったら「そうだ。ハテブを書こう」と京都もびっくりなほどひらめいてしまい、いま。Youtubeのライブカメラで安定の鳥などを見ている。いま二羽。

https://www.youtube.com/watch?v=HXp5x6llMo4

 

スマホを風呂にもちこみつつ入浴すると、たまに時を忘れてずっと水にいたくなるあれはいったい何なんだろう。胎内は水だったのだなと思わざるを得ない罠。そうこうしてるうちに明るくなってしまい、あの朝5時台のどうしようもない青さは格別だなと思う。

さて、何をしてたか

結論としては死んじゃうかと思った。死んじゃうかと思うような日々を過ごしていた。もうスマホの画像の一年前とか見ても一億年前としか思えない。細胞レベルで「うん....まぁその.....なつかしい気はする」みたいなそういうレベル。もう思い出せない。ヒト科の生物が味わってはいけないような、そんな凝縮みがある時の過ごし方をしてしまった。

 

ちょっとは「そういやアナタ、去年もここでパンケーキ食べたわね、ウフフ」そんな一年を過ごしてみたいものである。噂でしか聞かない。聞くたびにすごく腹が立つ。来世に期待。

 

かといってこういう人生を「潜在的に刺激を求めてるんだね」などとラベリングされるのも腹が立つ。4年に一度くらいのスパンでそういう輩に出くわす。オリンピックかよ。

 

まぁいいのだ。安定の落ち着きのなさ、それをADHDと呼んでいただいても、衝動と呼んでいただいても、引きの強さと呼んでいただいても全く構わない。

さて、何をやってたのか

いろいろスーパー省略するが、じり貧サラリーマンをやってたつもりだったのだが、ヒョンなことから知人に依頼をされ、事業をおこした。サービスローンチまでタイトスケジュールすぎて死ぬかと思った。控え目に言って、だ。

 

ローンチ予定時刻の数時間前にAWSがまさかの大規模障害で鯖落ちし、サービス用に育てた公式SNS垢が凍結したりもして、そもそもサラリーマンやりながらだったので寝てんのか起きてんのかすらわからない日々で、そんなこんなで無事にローンチした。

 

界隈ではかなりの売上ということで大注目された。....のだが。とんでもなく複雑なのだが、ビジネスパートナー的な人間の裏切りにあい、早々に事業をクローズ。ワイ氏、撤退。

 

いやはや.......人生は、人生だけは、まじで何が起こるか全くわからん。10種類以上の病(難病含む)や自殺未遂や数々の修羅場をくぐってきて、たいていのことは「まぁその、想定内」といえる程度の度量はもちあわせていたつもりだったワイ氏完敗。そんなワイ氏に乾杯。うるせぇえええヴォケええええ!!!!

 

どうする、どうなるワイ氏

すでにイニシャルコストすらも余裕の回収っぷりで、あとはガンガン売るだけというフェーズでの、撤退せざるを得ない裏切り。なお、ワイ氏、サラリーマン退職済みで乙wwwww これ、もう少し詳細を書いて、匿名ハテブで「嘘松!」って言われるだけの大作の自信あり。時効過ぎたら晩年に書こう。それまで待っててくれ、匿名ハテブよ。勤めてくるからな。

 

そんなこんなで昨年末から一切に嫌気がさし、なんならハードワークのガタもきて、というか心身ともにHPが切れるという非常にヤバい状態で、ひたすらUber Eatsでインドカレーを発注する日々。くるひもくるひもインドカレー。

 

そういや、鬱にターメリックが効くとか効かないとかで、本能的にインドカレーを求めていたのかもしれない。そして、謎の睡魔。何もドーピングせずに、だ。もうワイ氏レベルになると、お薬なんぞ飲まずとも、体内で生成されるのかもしれない。これが精神疾患玄人やぞ、人体の不思議こわいだろ。

 

そんなこんなで久々にハテブを開いてみたら、beforeがどの程度の数値だったかすら前世の記憶なので覚えてないッスって感じだけど、一定数ご覧になってる稀有な方はいらっしゃるようで、地球は変な土地なのだなと痛感。

.....とそんなことを思いつつも、大裏切りをしたソイツには明るめの殺意(なお一番危ないやつやぞ)を感じる程度には引きずってる三月。 イラついてきたということは、元気になってきているなと春を感じるまである。おはよう、春。そういや名作「私の頭の中の消しゴム」でも「許しは、心の部屋をひとつ空けること」なんて言ってたっけか。.....うるせぇぇぇぇええええええヴォケえええええ!!!!

人間本当にやばくなるとどうなるのか

躁鬱、パニック、適応障害、ヒステリー球、睡眠障害、なんでもござれの人生で、超人的な生命力によりなぞにすべて寛解したと思ってるワイ氏が、今回の心身の影響はエゲつなかった(なお病院に行く気力すらなく診断はとっていない)のでログとして残しておく。

 

とにかく「ウワーーーーーーめんどくせぇぇぇぇええええ!!!!」とひとりで何度も発狂するようになる。注目すべきは「ひとりで、何度も」だと思う。反芻思考が一番、精神的に不衛生だ。それもわかったうえで、どうしようもなくなる。ノーコントロール。家で数歩あるいても、寝ても、起きても、Uber発注時も、シャワー時も、何をするにも発狂。

 

いいか、覚えておくんだ。人間あまりにどん底に落ちたときは、涙なんか出ないぞ。20代のワイ氏覚えておけ。涙が出るほどの悲しみや絶望なんて、まだいいぞ。

 

過ぎし日のことなので、あれなのだけれど、あの発狂具合と、心身のどうしようもなさは、ほんとにどうしようもなかった(語彙ry)そういや最近、発狂しなくなって、非合法風呂に浸かって朝を迎える体力まで出てきたな、ということで一億年ぶりのハテブ。ワイ氏の人生、どうする、どうなる。とりあえず3月。

リス一匹。いまだ若干の殺意。

 

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頼むから死ぬなよと思う友人らのこと

ハテブラバーが贈る

最近通勤の電車でブログを書くが日常になっている。物理的にそこしか時間を捻出できないだけなのだけど、なんにしてもハテブラバーだし過去のブログを読み返しても記録を取るのはものすごくいいと感じる。

前のこのときはまだここにいたのか、あの出来事でこのぐらい成長できたのかなど変容を知ることができる。年を重ねるにつれて、指摘をもらえる回数は減ってくる。わたしは成長したい。転んでもただでは起きたくないというか、転んで、転んでる間でも数ミリでも這いつくばって当然のように立ち上がりたい。

10代〜20代に死にたいと思った時間があまりに長かったからか、難病でほぼ天井を毎日みながら生きてた時間が長かったからか、他責もしくはアイデンティティが確立せずに生きてきた時間があまりに長かったからか、毒的なものがすべて抜け切って毎日楽しくてたまらないからか、またそれらの全部か、とにかく「取り返したい」という気持ちが強い。

だから甘えかもしれないけれど何か改善できることがあればどんどん教えてほしいし、意識無意識問わずどんどんより良く変わりたい。すでに十分腹の底から込み上げるほど毎日幸せではあるが、さらに結果として幸せになっていくことで「どれほどどん底でも生きるって夢がある」そんなふうに誰かしらの光になれたらだなんて、そんなことは東京ドームでしか言ってはいけないことだろうか。まぁいいだろハテブだから。

とにかくそんなふうに思っているが指摘してくれる人は年々減る。年齢とともにおのずと躊躇されるのだろう。年齢を経るってそういうことだ。だからこそ自覚しか頼みの綱はない。ゆえにハテブの記録は有用だ。きいてるか東京ドーム。

あなたは絶対死んでくれるな

そう思ってる友人が何人かいる。ひとりの友人はもう20年くらい前から、フっと死んでしまうんではないかという懸念を(勝手に)抱いてて、それ相応の過酷さと経験と痛みを保持しているのだが、本人が闇を抱えているその「経緯」に無自覚なことが1番心配である。

人生は原因と結果でできている。わたしも様々な限界というか壁というか底というか、感じたことがあるが、思考停止するほどの状態のとき、人は概ね「自分が悪いんだ。自分に原因があるんだ」「とにかく辛くて消えてなくなりたい」などの思考や感情の至りやすい。

もはやあれは「もう何も考えたくない」という脳のSOSなのかもしれない。他者でも自分でもいいが、一切をどちらかのせいだと原因づけられる現象ってそうない。他者や自分が複雑に影響しあっていることが大半で、だから「絶対相手が悪い!」も「絶対自分が悪い!」もありえないと思っている。

けれどきっと脳が疲弊しきった人は「絶対自分が悪い!」になりがちだ。これを書いててひとり、現在ものすごい他責傾向な友人の顔がパッと浮かんだが、彼はまだ言い訳ができるから全然大丈夫だろうと踏んでいる。

以前のわたしにも同様に言えることだが、100パー社会や他人のせいにしてるうちは余裕があるし恵まれてるから全然大丈夫だ。どんどん逃げてみればいい。何もかも逃げられなくなって最後自分から逃げられなくなったら、またわたしのもとをその時は躊躇なく尋ねてほしい。そんなふうに思っている。

その、昔から心配している友人は生きててこのかたずっと「自分が悪い」と思っている様子で、経緯や事実は十分知ってるつもりだが、一体それらがどれほど友人を傷つけ、傷すら自認できないほどに追いやり、自己肯定感や気力など大事なものを奪っていったんだろうかと思うと、どうかそれらの原因となり得た人たちが、(願うまでもなく)現在は当然のように相応に苦しんでいますようにと思ってしまう。

そんなこと考えたら邪悪かなとも思うのだけれど、でもわたしは、わたしの大事な人が大事だ。

邪悪でけっこう、口が悪くてけっこう、世界中に後ろ指指されても、わたしの大事な人たちが傷ついて動けなくなっているなら、その影響を与えたすべての作用や悪にNOと言いたい。もしそれが人で、対面できるなら、治安の悪い新大久保のルノアールあたりで1番嫌な問い詰め方を長尺でして、とんでもなく無駄で後味の悪い時間を味合わせてやりたい。

友人に対してそのぐらいの心づもりは持っている。いざとなったら見とけよくらい、わたしは友人のことを強く大切に思っている。

寄り添ってあげたいより取り除いてあげたい

寄り添って何かの足しになるならそうしてあげるけれど、大抵のことってそうじゃない。

表層では共感や寄り添いを求めているかもしれないが、深層では「どうにかしたい」という明らかで早急な変化をたいていみんな求めている。それはわたしも例外ではない。

わたしは苦痛の沼の底の底の底の底に辿り着いたときやっと気づいた。これまで「足し」だと思っていた共感や寄り添いがもはや役にも立たなくて、ほしいのはおもっきり自力で立ち上がり困難を実質的にぶち破る気力と行動力だと。

くすぶっている何かや、毎回変えられない傾向性を大きく変えようと思ったとき、徹底して自分と向き合い圧倒的な行動量などが必要なので、もはや誰かの共感などではなんの腹の足しにもならない。そう気づいて行動を起こしてから、わたしの人生は明らかに変わった気がする。それは百の哲学書なんかでは得られない、思考を捨て行動するしかないのだ。

「わたしはわたしの選択として自分の人生を生きている。」

いまは寝ても覚めてもそう思う。

だからその長らく苦労してて自死してしまう懸念を持ってる友人には、本当に早死にしてほしくなんかないし、わたしはわたしの責任で、絶対その友人を死なせない。そんなふうに毎朝毎晩思う。

「生きてるだけで意味がある」は嘘

自死に心から憧れ、実際未遂もやったことのあるわたしとしては、生きながらに苦しみ続けるあの辛さといったら形容できないと思うので、そういう類の綺麗事はどうしても言えない。

代替できる言葉はないかなと思ったとき「生きてるだけで可能性があるだから生きる」だったら心を込めて言えるんじゃないかなと思った。人間は可能性に満ちた生物なので死ぬまでより良く生きてゆくチャンスがある。

だからあなたをここまで苦しめたあれやこれやのせいで、自分の大きなチャンスを捨ててやる必要なんてないよと思う。でも立ち上がる時はどうしても一人だから、その友人のがむしゃらな努力がたった一個でいいので何かしらの点と繋がって、たった一本で短くてもいいから線になって、友人の自尊心となってくれますようにと願う。

あなたも絶対死なせたくない

北海道に住む友人が大病をしている。その友人とはたまたま某街中で出会い、クリームソーダをとてつもなく美味しそうにかっこむわたしに思わず声をかけてくれたことからはじまった。あなたは北海道で。わたしは東京で。年齢もかなり離れている。でも頻繁な手紙でわたしたちはつながっている。

先日引越しの知らせとともに近況や励ましを手紙に込めたところ、さらなる闘病を余儀なくされているとのことだった。

その文字からもかなりの疲労が見え手紙を書いたこと自体が間違いなんじゃないかと思うほど、どれだけの労力をかけてこの手紙を書いてくれたのだろうと文字通り胸がいっぱいになった。

難病にかかり未来に何の希望もなく天井を見つめ続けていた自分自身のあの頃を思い出しながら、その文字から伝わってくる絶望と希望の狭間と、それでも希望側に背中を押して欲しいという意欲と、自分自身との葛藤が見えた。

今わたしは山手線を待っている。内回りで。

これほどの人混みでたくさんの人生が通りすがっている。まさにいまも、友人は広大な自然に囲まれて北海道の地で必死に布団にくるまれて戦っている。

絶対死なせたくない。絶対寛解させてあげたい。仮にどうなったって負けてないんだから自分は勝ってるんだって思わせてあげたい。

電車のホームに立つといつも、その友人を思い出して、絶対にそう思わせてあげるからねという、そんな強い気持ちになる。

 

本音を喋れないことはポイズンであるということ<騒ぎ出す反町を眠らせろ>

それって反町やんって意味から説明しないといけない感じでしょうか?

昔々、GTOってドラマがあってなってググってくれもう。

あぁ、こりゃ反町状態だな〜ポイズンだな〜〜〜と思うことがぼちぼちある。特に友人関係というか友人の定義もきっといつか明確にしたい所存ではあるのだけれど、腹のうちをはっきりい言わない察して系、たまらず もしくは息を吸って吐くように当然に本音をこちらが言うと、連絡遮断する系がちょっと巷で多すぎやしないかということで先日夜半、兄と意見が一致した。

そういう系の方々ってどういうスタンスで人間と接触してて、何をもって人間と接触するのを楽しみとしてるんだろうか……?毎回解けない謎だが甚だ疑問、謎は深まるばかりである。

そしてそういう奴らに限って、こっちを「強い人」だと勘違いしてる。強いとかじゃねぇですから(^ ^)悩みも腐るほどあるし色んなこともあったけれど負けないを続けてきたし今後も続けるだけですから(^ ^)

この「そういう人らに限ってこちらを生まれてこの方強い人間と思ってる」という点は、先日久々に食事をした60代の友人と見解が完全一致して非常にスッキリした。言おうと思ってることをちょっと先立って言ってくれるような非常にクレバーなそして、どうやったらそんなに痛点失えるんですか?という謎の生態の、大きめの会社で役員をやってたってことをつい最近知った人で、到底普通の努力や我慢や清濁合わせ飲み程度じ上がっていけない企業なのだけれど、そこで上がっていった&日常的に感情の波がなく穏やかってどういうことなんだろうとずっと思ってたのだけど、「そういう人に限ってこっちを強いと思ってる笑」とボソッと言われた瞬間、あぁやはりこの方も見た目と中身は全く違って、当然のように這いつくばってやってきた方なのだと思い、そしてプレゼントのような共感をいただけて非常にスッキリした。もうこの半年でバージョンアップしたので下手な共感は不要なのだが、どえらい苦労をしてきた人の共感ってなんだかプレゼントだ。スッキリ生きていくことが大事である。

広く浅く徹底した守備で

そうことなのだろうか。兄側とも一致したのは、そういう系は友人というか知人というか結構幅広く卒なく付き合いがあって、自分の持つ確たるアルゴリズム外の言動をこちらがすると、一気に壁を作るというか連絡をたつやつもいるよなということ。

だったらAIでえぇやんと。お前は一生AIないしアルゴリズム内で自分を満足させてくれる人だけを相手に一生かりそめの満足をしてればえぇやんと盛大に本音をぶちまけあって、やはり本音を言い合えない関係なんてポイズンであるという結論に至り、私の中の反町が少し落ち着きを取り戻したりした。

そういう界隈って傷つくのが怖いんだろうか…?自分の思うことを思うとおりに言ってくれるって、そんな人間で周囲を固めて何になるんだろう。え、そんなんファービーでよくない?意見が違うってそんな恐ろしいことだろうか。違うという前提で意見交換して、毎回うちらここは平行線やんな〜HAHAHA(^○^)つってやってこうぜって思うし、意見が違うとか思考が違うってめちゃくちゃおもろいことと思うけど、相違を断絶したり、断絶する理由すら明示しない人多すぎ問題がほんま気になる。

人間は人間の中でしか磨かれない。だからせめて友人とは本音で喋りたいし、相手からも私に「や、あんたのそういうところあかんわ〜!」って気軽に日常的に言われたいし、バチボコに喧嘩しても、夜中にマクドに行かへん?って連絡したり、いま連絡したらこう思われるかなとか電話して良い?とかうざったい前置きを無しにして気軽に連絡して、友達が困ってたり悲しんでたら夜中でも飛んでいくし、

きついときはきついと、嬉しいことははしゃいで喜びあって、腹には何もためず限りなく本音で日常的に言い合うようなそういうのを友達というんではなかろうか。ノーリアクションで連絡が絶たれるとか1番ないことだけど、何やら関東人に多いような傾向も感じていて、やはり関西人は関西圏内でしか生存できないのだろうか(´;ω;`)(´;ω;`)と思うと大阪のカルキたっぷりのくせぇ水をたらふく飲みたくなった。

ミスが許されぬ世代?

同世代や上の世代でも上記の種族って一定数いる印象なのだが、特に若い世代で顕著よなという点でも一致をみた。兄曰く、SNS世代で、LINEのグループトーク含むコミュニケーションツールに常に入れられる環境で、発言もミスが許されないというかミスが命とりというか、そういう時代背景があるとかないとかで、

ゆえに人と関わるのに抵抗があったり本音を言ったり言われたりするだなんてもってのほかみたいなことなのではないかと。理論はわかるんだが、なんかしょうもねぇなと思ってしまう。(でも時代としてそのような暗の教育を受けてるならしょうがないのか…?)

私はグループトーク嫌やったら「自分いま伝書小鳩派でいこうと思ってまして、先日、井の頭公園で鳩捕まえて調教してる真っ最中なんでLINEは遠慮しますわ〜」とかいうけどな。

仕事は仕事だからやるけどプライベートで空気を読むなんてまっぴら。何それ美味しいん?って感じだし、本音を言い合えないなんてポイズン。わたしがほしいのは浅く希薄なかりそめの関係でもないし、かりそめの幸せでもない。

いい仲間にもっと出会って、いい仲間を大切にして、自己実現も粛々と継続して、たくさんの困難にであってさらにゴリゴリ幸せになっちゃうゾ〜HAHAHA(^○^)/

 

生きててよかったと噛み締めるように思う日々<地獄とケーキとヘルニアと>

油田掘削中

下記ブログの続編である。そもそも油田を掘るのは夢がある。底辺と思っていたところがまた掘れてしまって下があったのとはわけが違う。あれは人生でいまのところ数度経験したけれど、笑うしかなくなってくる。空笑いだってなんでもいいから、危険だから口角をあげておきたくなるというか、そういうしんどさがあるのだけど、油田掘削していたら予期せぬことが起きた。

elisabane-g.hatenablog.com

 

どうして2(´;ω;`)(´;ω;`)(´;ω;`)

友人は生き生きと自信をもって、自分の大きな決断をした。わたしにはそう見えていたし、そう確かに感じたし感じていた。それはとてもいい決断のように思えた。それを選ぶ際「いい?大変だよ?」と何度か確認して本人が熟考できるよう促したつもりだった。なぜなら既出だが、その友人は辛すぎて依存したくなる傾向が少なからずあるだろうという点を危惧してのことだった。

以前の自分も経験があるのだが、依存心があると、想定と異なる出来事があったり、想定と異なる反応があると、物事や出来事、それに関連した人にネガティブな感情を持つことになる。それは自分も相手も、何より自分が非常にしんどいことだ。自分を行き詰らせる原因が自分にあると早めに気づけたらいいけれど、沼にはまるとかなり長く苦しむことになる。

全ての物事は自分で変えていけるし、自分が変われば一切の環境も変えていける。でもその沼にはまると、延々と周囲のせいにしてしまう。環境が悪いから、誰それが悪いから。もちろん、事実としてそうであることもあるだろう。でも、だんだんと、自分に明らかに落ち度や非があることも、ひとのせいにしたくなり、そして最後は自分からも逃げられなくなる。そして、そうしてしまう暗い自分に向き合うことがどんどんできなくなる。その辛さたるや形容できない。自分と似ているとわかっていたからこそ、そこを通ってほしくないからこそ、慎重なアドバイスをおこがましくもさせてもらったつもりだった。

・・・が、結果としては、その手紙には「決断したことを後悔している」というような内容が書かれていて「あぁ、わたしは適切なアドバイスができなかったのだ」と当時、ものすごく自分を責めた。前ブログに記載のとおり、私自身バッドコンディションが約半年続き、半年目くらいにコレである。心身ともに回復していないところに思いっきりブローのようにくらってしまったし、当時というか当時にいたるまでずっと、自責傾向が強かったので、もこみちの「追いオリーブオイル」みたいな具合に「追い責め」で、自分で自分を責めに責めてしまった。

毎日毎日涙が止まらなくて、こんだけ水分出てるのにどうして痩せないのだろうとぼんやり思ったりしたけれど、到底まともに思考できないほどひとりで毎日泣いた。どういう機序か本当にまったくわからないのだけれど、そこから2週間くらいしてからだろうか。あるとき何かがパチンとはじけた?満ちた?とにかくよくわからないのだけど

「もういい!わたしはベストを尽くした!あれ以上はできなかった!たしかにわたしだって不完全な人間だし至らぬ言動もあったであろう!でもあれがわたしのベストだった!っていうかこの三十数年間、こんなんばっかだなHAHA!そうか、わたしはいつも、環境起因で落ちていたように思っていたけど違うんだ!結局は自分がいちばん自分を責めてたんだ・・・!ほんまか!なるほどそういうことか!もうわたしは二度と自分を責めなくていいんだ!こんな重要なことに気付かせてくれてありがとう・・・!」

みたいな気持ちにあるとき急になって、今まで流してた涙が悲しさやくやしさみたいな感情からだったけど、形容できないけれど、うれしさや感謝みたいなものがこみ上げてきて、文字通りググググっと感動といったらいいか、そういうもので満たされて、これに気付くために今までずっと苦しんできたんだなということもわかったというか、この感動を味わうために苦しんできたのかもと思うほどというか。最後の最後、もうあと一手打たれたら自分は生きていけないんじゃなかろうかみたいなギリギリで、いとも簡単にポンとわたしを押して、さらに追い込んでくれたのは、まぎれもなくその友人で、なんと縁が深いというか、その友人には感謝してもしきれないというか、あの一押しがなければ、わたしはずーっとウジウジした人生で、ずっと何かに言い訳しながら生きていたのだろうなと思った。

なんども言うが、どういう機序かいまだ全く不明だが、一時的なハイなどではなく、友人の一手で追い詰まってから逆にいろいろ気づいて感謝がこみあげて以降、一切、本当に一切、気持ちが落ちないのだ・・・。なんかやばい食べ物?実?とか食べたんかな?え、ほんまになにこれ・・・・?と自分を心配に思うくらいのレベルで、まったく全てが変わってしまった。以前は逐一落ち込んだり不安になる傾向が、年々緩和していっているとはいえいまだ少なからずあったのだが、朝目覚めると幸せでいっぱいになり、ベランダに出て東京のクセェ空気を胸いっぱいに吸い込む。それだけで「生きてる、幸せ」と思う。

しんどいことは生きてるのであるし、それは全く変わらない。でもなぜか気持ちが落ちない。「あのときの半年の絶望と辛さ、そして友人に背中をポンしてもらって落ち切ったときの辛さにくらべたら、まったく何物でもない。生きてる。こんなふうにポジティブに思えるようにしてくれて試練よありがとう」とこみ上げてくるというか。でもカッコつけすぎかな。東京ドームで言うようなセリフよな。と書いてて若干恥ずかしさはあるが、でも事実そうなのだから仕方がない。

仕事は激務だ。その点は変わらないどころかこの4月に転職をして激化したといってもいい。なんなら最近、腰のヘルニアになって、神経が骨に触れちゃって激痛で数日動けなかったりそんな出来事もあったりした。数々の難病含む病を経験してきた自分にとって、衝撃的な痛みだったので相当なものがあったし、いまもあるけれど、本当に心が落ちないというか、幸せなのだ。なんなら昨日も今日も昼休みに31アイスを食べたりして、きついときに楽しみをちゃんと作りながら、自分で自分を鼓舞できるようになった。これも大きな変化だ。

なぜこうなったんだろうという機序はなんどもいうが不明だし、わからないなりに書いてるのだが、ありきたりだけど「負けないを続ける」ということが大事なのかなとは思う。勝ち負けみたいな2区分で考えるとしたら、勝つことよりもよっぽど、負けないことのほうが難しいと思う。しかも負けないを続けるのはめちゃくちゃ難しい。これからもバージョンアップのたびに試練と向き合うと思うと、負けないを続けられるかどうかは正直わからない。けど、生きるって、負けないことだと思うから、きっとこれからもわたしは負けないんだと思う。

いままでも数えきれないほどの「負け」や「負け」のように見えることを経験してきたけれど、あのとき、心まで負けてしまわないで本当によかったといまならそう心底思える。こんなことに意味あるんか、こんな人生に価値あるんかって何度も思ってきた。死ぬボタンみたいなのがあったら平気で何度も押してた側の人間だと思う。でも「負けちゃいけない」ということを尊敬する人生の先輩は何度も何度も言い聞かせてくれた。それだけが羅針盤だった。それだけが説得力だった。あともう少し、もう少し耐えよう、もう少し頑張ろう、そう言い聞かせて生きてこられたし、自分なりに努力をして無理やりでも前進してきたと思う。

そして大切な友人と出会い、その友人のことを家族のように大事に思っていて、結果的に、その家族級の友人しかわたしを追い込むことができない貴重なひとだったから、その友人がわたしの幸せのために背中を押して崖に立たせてくれた。それはその友人じゃないとできないことだった。そして崖に立てたから、辛すぎて自分の弱い部分を根こそぎ排除することができた。他のひとでは、わたしを崖に立たせられなかったと思う。

だからその友人には本当に感謝してもしきれないというか、もしそのことでどうこう思っているのなら、わたしはむしろ心から感謝申し上げたいので何も思わないでほしいし、もし手紙で書いていたような、もしくはこれまでの言動に見えていたような暗い部分で自分を追いやってしまっているのなら、どうか明るいほうへ、陽があたるほうへ出てほしいし、苦しんでいるのは自分のどうしようもなく暗い部分の影響であって、それがあなたの本質ではないし「自分はこういう人間だ」「あなたにはどうせわからない」などと深く心を閉ざさないでほしいと切に思う。自分が自分を照らして、人のことも照らしていけば、よのなかって悪くないもんだよ。

去年相談を受けてから今日にいたるまで、少なく見積もっても毎日20回はその友人のことを考えている。今日を生きられているだろうか、ご飯を食べているだろうか、また自分を責めているのだろうか、よのなかを恨んではいないか、幸せに生きていられるだろうか、友人にとっての幸せの基準値はどこなのだろうか、などきりがないほどに。わたしは抱えきれないほどの幸福をいただいたように思って、毎日夢なんじゃないかと思うほどなのだけど、その友人にはわたし以上の、抱えきれない幸福を味わってほしいと願っている。願っているよ。