”気候変動“ (短編小説というか何というか創作物)

流産する夢を見て目覚めるとすっかり秋になっていて、長すぎる夏は夢よりも遠くて、思いの外身体にこたえた。私はといえば元婚約者に入籍直前に婚約破棄をされ、周囲の勧めに耳も貸さずに慰謝料請求すらせず原因もわからぬまま自分を罰し続けていた。

金と男を恨み続けて仕事をした。よし君が突然いなくなったあの日の虚無を思うと、もっと良い企業へ行きもっと金を稼がねばと気が急いた。誰よりも金を稼ぐことが男への復讐になるような気がして、いや、正確には恐らく誰よりも金を稼ぐことが男への復讐になると信じて、あの日から疑わなかった。疑うことは疲れることだ。

先日、土釜の蓋の金継ぎが取れた。それは母から譲り受けたもので、酷使しすぎて欠けた蓋の一部を、よし君が丁寧に金継ぎをした。もう2度と男に感情移入したくないと決めて、私は男から手元に残るものを貰わない主義を貫いていた。何より稼いでいるので何でも自分で買うことができたし、何かを買ってもらうことは弱みを見せることだとすら思い徹底していたのだが、虐待サバイバーが何を後生大事にと呆れつつも、母からもらった土釜だけは手放せず、否応なしに目に入る蓋を見つめては形容できぬ気持ちになった。そんな金継ぎが何の前触れもなく7年ぶりに取れて、また土釜は欠けた状態になった。

よし君はエンジニアだった。何を考えているかわからぬポーカーフェイスと世界の全てを恨んでいるような冷たい目に時折浮かべる笑みがギャップも相まってかわいかった。それは一切に匹敵する気がしていた。いつも明るく振る舞っている自分が馬鹿みたいに思えるほど、あなたのその笑顔には破壊力があって、その無自覚さに少々苛立ったりなどもして。

わかってあげたかった。どういう経緯であなたが完成したのかを。成り代わってあげたかった。形成するまでの痛みやあなたを阻害する効果その全てを。

家族になるということは食事をすることだと思っていて、互いに単身者用マンションを引き払い結婚を前提で広めのマンションに越してからは毎日手料理を作って一緒に食べた。あなたはスペアリブが好きだ。それにかじりついている姿は唯一無防備だったが、無防備だよと言えば永久に見られなくなる気がしてスペアリブにかじりつく横顔を眺めては密やかにコレクションしたりした。謎の婚約破棄を言い渡された際、引き留めるために作った食事を一切食べてもらえなくて、その食事を自らゴミ箱に捨ててからというもの、私は食事が全く作れなくなった。

世界は全てよし君だった。そう思えることの何が恥ずかしいのだろう。あなたに全てを注ぎたいと思いひとりへ実直に注ぐことの何が悲しいというのだろう。

そんなことを朧げに思案してはどうでもいい男とセックスをしている、武蔵小杉の河川横ラブホの天井を見つめながら。

あの日から時間は止まったままだけれど、私の手元にも秋がきた。泣けばよかったと思っている。子も孕んでないのに流産後の腹の違和感を抱えて。